昔の日記にこんな話が書いてあった。
父が私に話した言葉は二万語もなかったんじゃないかなあ。
―― 牛に餌をやったか。
―― はい、父さん。
―― 鶏に餌をやったか。
―― はい、父さん。
―― O.K。
父が私に話したことといったら、こんなことだけだった。
そんな父が、ある時、私が友だちとビー玉遊びをやっているところにやって来て、こう言った。
―― ゴードン、母さんが帰ってきたら、父さんは病院に行ったと言ってくれ。
母親が帰って来たので、私は父のその言葉を伝えた。
すると母親は、私に「父さんは何しに病院へ行ったのか」と尋ねたが、私は知らなかったから「知らない」と答えた。
とりあえず病院に行ってみるという母親について行くと、父親は病室のベッドに寝かされていて、その背中とももの皮がはがされていた。
やけどをしたどこかの女の子に皮膚を移植するためにそうしたらしい。
しばらくして病院から帰ってきた父親に私は聞いた。
―― その女の子のお父さんやお母さんは、父さんに花を持ってきたり、感謝の言葉を言ってくれたりしたの?
父親は、私の顔をしばらくじっと見たあと、私から目をそらして静かにこう言った。
―― わしは花や感謝の言葉のためにやったんじゃない。わしはあの子のためにやったんだ。
私は、自分がさっき言った言葉を、心から恥じた。