市民たちは事の成行きに甘んじて歩調を合わせ、世間の言葉を借りれば、みずから適応していったのであるが、それというのも、そのほかにはやりようがなかったからである。彼らはまだ当然のことながら、不幸と苦痛との態度をとっていたが、しかしその痛みはもう感じていなかった。それに、たとえば医師リウーなどはそう考えていたのであるが、まさにそれが不幸というものであり、そして絶望に慣れることは絶望そのものよりもさらに悪いのである。

 

― カミュ 「ペスト」 (宮崎嶺雄 訳)―

 

 

チェルノブイリの事故から今日が30年目だという。

あのとき、俊ちゃんや山田さんやなるみは中学2年だった。
日本にニュースが伝わったのは、当時の天皇誕生日だった。
彼らに、塾の時間をほとんど潰して、原発事故の話をしたことを覚えている。
事故は三日伏せられていたのだ。
真実を伝えないのは、なにも、かつての社会主義国家だけではないことを、今の私たちはよく知っている。

あれから30年、人はすこしも賢くはなっていないようだ。
すくなくとも、日本の政治を動かしている人たちは。

まったくこれは、ほとんど絶望しかねないほどだ。
けれども、カミュは、ペストにほとんど一人で立ち向かった医師のリウーにこう考えさせている。

絶望に慣れることは絶望そのものさらに悪い

 

のだと。

そうであるからこそ、たぶん、希望というものは、いつも何度でも自分に言い聞かせなければならないものなのだ。
単なる「夢」と希望のちがいはそこにあるだろう

初めて映画館でそれを聞いたとき、思わず私が涙した映画「千と千尋の神隠し」の主題歌のほんとうの題は「いつも何度でも」だ。
だからこそ、あれは死を歌いながら、けれども希望の歌なのだ。

下は、事故の時6歳でチェルノブイリの原発から3.5キロのところに住んでいたナターシャ・グジーが歌う《いつも何度でも》です。

今日の日に耳を澄ませて聞いてみてください。
絶望に慣れないために。