出発

 

見飽きた。夢はどんな風にでもある。
持ち飽きた。明けても暮れても、いつみても、街々の喧騒だ。
知り飽きた。差し押さえをくらった命。――あゝ、『たは言』と『まぼろし』の群。
出発だ、新しい情と響きとへ。

 

 ― ランボー 「飾画」 (小林秀雄訳)―

 

見慣れたものたち。
足のない幽霊のように踊る人々。
皆ジェームズ・アンソールの絵の中から抜け出たような顔をして。

彼らは高い塔がすきなのだ。
その下で彼らは狂い躁ぎたいのだ。
まるで自分たちがあの高みにあるかのように感じたくて。

そんな狂躁はいつだって嘘からはじまる。

 

――福島は完全にアンダーコントロールされている。

 

そんな言葉を吐いた者をとがめることもしなかった国。

 

ああ、そうだ、シベリアに抑留されていた詩人がこんなことを書いていたっけ。

 

《ことばを私たちがうばわれるのではなく、私たちがことばから見はなされるのです。ことばの主体がむなしいから、ことばの方で耐えきれず、主体である私たちがことばから見はなされるのです》

   ― 石原吉郎 「失語と沈黙」 ―

 

私はもうどこに「出発」しようとも思わないけれど、せめて、ことばだけには見はなされないようにしようと思う。
せめて自分がよく生きようとしていることの証しとして。