モノといえば、現在では「物体」という意味をどの辞書も最初に挙げている。しかし、古い時代の基本的意味は「変えることのできない、不可変のこと」であった。
「自分の力で変えることのできないこと」とは①運命、既成の事実、四季の移り変わり、②世間の慣習、世間の決まり、③儀式、④存在する物体である。(中略)

男女相逢えば、いかに愛していても、生別にせよ死別にせよ、別れることは必定で、いかんともしがたい運命にある。それをモノ(運命)ノアハレという。いかに花美しく、紅葉色濃くとも四季の移りゆくは避けがたい運命の悲しさである。これもモノノアハレである。
モノアハレ、モノガナシ、モノサビシなどのモノは「なんとなく」と訳されているが、それは誤りである。

 

― 大野晋編著 「古典基本語辞典」(「日本語のために」所収)―

 

 

夜、たばこを買いに外に出た。
虫が鳴いている。
またひと雨きそうな気配がする湿った空気がかすかに甘い。
歩きながら、しばらくして、はじめてそれが金木犀の香りだと気づいた。
ああ、そんな季節になったのだ。 と思った。

不意に立つ面影がある。

モノノアハレを思うたことであった。