みなさん、〈無尽燈〉という法門があります。
よろしいか。
みなさんはそれを学びなさい。
無尽燈というのは、譬えば一つの燈をもって百千の燈をともすようなものである。
冥(くらやみ)が皆明るくなるが、その明りはついになくなることがない。
― 「維摩経」 (中村元 訳) ―
「燈」をつけねばならないと思った。
火をつけねばならないと思った。
卒業生諸君、怒れ!
この国を明るくするために!!
釈迦も維摩も「怒る」ことは否定しているのだが、世を明るくするために自分が持つ燈を、となりの者が持つ蠟燭に灯すことは否定していない。
論語を引く。
子曰く
吾が徒(ともがら)に非ざる也。
小子、鼓を鳴らして之れを攻むるも可なり。