資季(すけすえ)大納言入道とかや聞えける人、具氏(ともうぢ)宰相中将にあひて、
「わぬしの問はれんほどのこと、何事なりとも答へ申さざらんや」
と言はれければ、具氏、
「いかが侍らん」
と申されけるを、
「さらば、あらがひ給へ」
と言われて、
「はかばかしき事は、片端も学び知り侍らねば、尋ね申すまでもなし。
何となきそぞろごとの中に、おぼつかなき事をこそ問ひ奉らめ」
と申されけり。
「まして、ここもとの浅き事は、なにごとなりとも明らめ申さん」
と言はれければ、近習(きんじふ)の人々、女房なども、
「興あるあらがひなり。
同じくは、御前にて争はるべし。
負けたらん人は、供御(くご)まうけらるべし」
と定めて、御前にて召し合はせられたりけるに、具氏、
「幼くより聞きならひ侍れど、その心知らぬこと侍り。
『むまのきつりやうきつにのをかなかくぼれいりくれんとう』
と申す事は、如何なる心にか侍らん。
承らん」
と申されけるに、大納言入道、はたとつまりて、
「これはそぞろごとなれば、言ふにも足らず」
と言はれけるを、
「もとより深き道は知り侍らず。
そぞろごとを尋ね奉らんと定め申しつ」
と申されければ、大納言入道、負けになりて、所課(しよくわ)いかめしくせられたりけるとぞ。
資季(すけすゑ)の大納言入道とか申した方が、具氏(ともうぢ)の宰相中将に向かって、何かの折、
「おまえが尋ねることぐらい、どんなことであっても、わしに答えるできないことなんてものはないよ」
と言われたことがあった。すると、具氏は
「さあ、それはどんなもんですかねえ」
と申されたので、大納言入道の方は
「それならば、勝負してみなされ!」
おっしゃられる。そこで、具氏の方は、
「わたくしは、あなた様のご自慢のしっかりした学問のことは少しもわからないので、何もお尋ねするほどのことはございません。
ですが、なんということもないつまらないことの中で、よくわからないことがあるので、お聞きいたしましょう」
言う。すると大納言入道の方は、
「そんな手近な、底の浅いことなら、なおさら、どんなことでもちゃんと説明してみせてあげよう」
と言はれたので、近習の者たちや、女房なども、
「これは、おもしろそうな勝負だわ。
どうせのことなら、天皇の御前で勝ち負けを決めた方がいいわ。
そして、負けた方は、罰として、私たちにごちそうしてね」
などとういうことに決まってしまって、天皇の御前に二人を召し寄せて勝負ということにあいなった。
さて、そこで、具氏が尋ねることには、
「幼い頃から聞き慣れているのですが、その意味がわからないことがあるのです。
≪むまのきつりようきつにのをかなかくぼれいりくれんとう≫
ということは、どんな意味なのでございましょうか。
お聞き申したい」
すると、大納言入道の方は、はたと答えに詰まって、
「そ、そんなくだらんことは、答えるにも足りんわい」
言われたところ、
「はじめから、学問上のことは知りませんから、つまらないことをお聞き申し上げますよ、とお約束しておきましたはずです」
と具氏が申されたので、大納言入道の負けになって、負けた罰の御馳走を盛大にしつらえたということです。
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ちょうどいま、子どもたちは中間試験で、男の子たちもいつになく真面目に勉強している。
で、昨日、社会のワークをやっていたマヒト君が、
「オレ、もう、歴史、カンペキだわ!
誰でも、聞いてみぃ、なんでも答えられるから!」
と言う。
「マジ?」
ユウリ君が言う。
「マジ!」
まひと君が答える。
「ゼッテェエ?」
「ゼッテェエ!」
「じゃあ、五・一五事件で暗殺されたのは?」
「犬養毅ィ。 そんなん、ヨユーだし」
「二・二六事件が起きた年は?」
「それはですね、雪の降るさむーい日に起きたから、36年。1936年ですな」
「やるなッ」
「だろ?どんどん出して」
「じゃあさあ、マヒトぉ、」
アユちゃんが言う。
「シベリア出兵は何年?」
「はあ?シベリア出兵?そんなん、この前の試験範囲じゃん。忘れたし、それ」
「だって、まひと、『歴史カンペキ!』って言ったじゃん」
「それは、試験範囲の、っていう意味なの。だから、インチキだよ、それ」
とまあ、こんな具合でした。
というわけで、ここに書かれた、そのかみの大納言入道と宰相中将のやりとりも、だいたいは、今の中学生レベル、といったところでしょうか。