たち別れ いなばの山の 峰に生(お)ふる
まつとしきかば 今帰り来む
中納言行平
中納言行平、本名、在原行平(ありはらのゆきひら)。
業平さんのお兄さんです。
この歌は、行平さんが因幡守(いなばのかみ)に任命された時の歌。
「守」というのは国司のことで、つまり知事さん。
因幡というのは、今の鳥取県のことです。
で、「いなばの山」の「いなば」は、「因幡」と「往なば(去なば)」の掛詞になっています。
「たち別れ」は下二段動詞「たち別る」の連用形で「別れ旅立つ」という意味ですから、
「たち別れ いなばの山の」は「私があなたと別れ旅立って行く因幡の山の」。
この歌にはもう一つ掛詞があって、「まつ」が「松」と「待つ」に掛っています。
「まつとし」の「し」は強意の副助詞です。
この歌には「いなば」「聞かば」と、「ば」という接続助詞が二か所使われていますが、どちらも、動詞の未然形についていますので、「仮定条件」を示していることは、わかりますよね。(「いぬれば」「聞けば」という已然形接続なら、「確定条件」になります)。
よって、「往なば」は《行ったならば》、「聞かば」は《聞いたならば》。
お別れして、私が因幡の国に行ったならば、そこにある山の峰には松が生えているでしょう。
その松のように、もしあなたが「待つ」とさえ言ってくださるなら、すぐにも私は帰ってきます。