夜もすがら 物思ふころは 明けやらで
閨(ねや)のひまさへ つれなかりけり
俊恵法師
俊恵法師(しゅんえほうし)。
この人、「憂かりける→ハゲ」の源俊頼の息子、「夕されば門田の稲葉おとづれて」の大納言経信の孫です。
東大寺のお坊さんになったらしい。
ついでにいえば、この人「方丈記」の作者鴨長明の歌のお師匠さんです。
詞書に曰く、
恋の歌とて詠める
というわけで、恋の歌ですが、これは、女の人の立場になって詠んだ歌です。
まあ、この時代、夜、相手の訪れを待つのは女、と決まっていますから、そうなる。
お坊さんが女性の立場になって恋の歌を詠む、なんて、へんてこな気がしますが、AKBの歌だって、おっさんが作詞してるんですからかまわない。
私だって、いざとなれば、あなたの代わりに恋の歌ぐらいはでっち上げられる,というものです。
《夜もすがら》。
一晩中。
《物おもふころは》。
もの思いにふけっているこのごろは。
「ころ」ですから、今夜一晩だけのことではなく、このごろ毎晩てことでしょう。
《明けやらで》。
なかなか明けずに。
《閨》。
「ねや」=「寝屋」。
寝室のことですな。
《ひま》。
漢字で書けば「隙」。
つまり、隙間のことです。
《さへ》。
大丈夫ですね。
「さへ」は「・・・までも」
でしたよ。
つまり、恋人だけではなく、寝室の戸の隙間までも自分につれない、ってことですな。
《つれなかりけり》。
薄情だ、無情だ、冷たい。
「けり」は詠嘆ですな。
来ぬ人を待ち
つらい思いで過ごす夜は長い
いっそはやく夜が明けてしまえば かえって
さっぱりと思い切りもつくのだが
ふと見やる戸の隙はまだ暗く
私の部屋に夜明けはまだまだ遠い・・・
夜が明けたか明けないかなんて、窓の外を見ればわかるじゃないか、なんて思うのは、ガラスサッシの窓が当たり前だと思っている現代人だからで、当時の家の構造を考えれば、外の明るさは板張りの戸の隙間から洩れ来る光で知ることはごく当たり前のことだった。
それは別に平安時代のみならず、昭和においてもそうだったことは、中原中也の「朝の歌」という詩を読めばわかる。
天井に 朱(あか)きいろいで
戸の隙を 洩れ入る光、
鄙(ひな)びたる 軍楽の憶(おも)ひ
手にてなす なにごともなし。
小鳥らの うたはきこえず
空は今日 はなだいろらし、
倦(う)んじてし 人のこころを
諌(いさ)めする なにものもなし。
樹脂の香に 朝は悩まし
うしなひし さまざまのゆめ、
森並は 風に鳴るかな
ひろごりて たひらかの空、
土手づたひ きえてゆくかな
うつくしき さまざまの夢。
これは、目を覚ましたところで為すべきことを何も持たぬ男の朝の歌で、恋の歌でもなんでもないのだが、ただ、中也の下宿にも、やっぱり、朝の光は「戸の隙」を洩れて来るものだった。
たぶん、この場合は雨戸の隙間です。
高校時代の私の部屋もそうだった。
というわけで、私としては、同じく「戸のひまを洩れ入る光」ならこっちの方が断然好きです。
あの人の 来ぬ夜をひとり もの思えば
ベッドルームに 夜明けは遠い