先日の甲子園での泥試合には驚愕しました。
なお、16日の朝日俳壇には我が主宰秋尾敏の評論も掲載されていました。
草の花といえば、10月の句会で
それぞれに良き名をもらひ草の花
という狩行ばりの変化球を出したところ、皆からこんなもん類想句以外の何物でもないと非難され、大いに反省しました。
ワシの場合は、
背後から秋夕焼けに掴まれる
手相見る敬老の日の運命線
芒なら風雅泡立草は野暮
といった句が皆からおまえらしいと言われております。
11月は能楽堂での発表会で「雲雀山」「鞍馬天狗」「竹生島」を謡います。
ではまた
灯火親しウヰスキーなどあれはなほ
狼騎
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
さっそくのおたよりありがとうございます。
たしかにあれは≪泥仕合≫でした。
ところで、ここぞの時の変化球、は打たれます。
そういえば、いつぞやの毎日新聞、坪内稔典の『季語刻々』に江夏豊の句が載っておりましたなあ。
浜風に一喜一憂若き日々
直球といえば、あまりに直球で、俳句かどうかもわからないのですが、なんでも、ラジオの放送中に作った句だとか。
そのとき、
「季語がないやないか」
と指摘されて、江夏は
「甲子園の浜風は秋よ!」
と、うそぶいたそうです。
この句にある「一憂」もまた、ここぞの時の変化球だったのでしょうか。
貴兄の句で思い出しましたが、ニ十代の頃、私も泡立草で句を作ったことがありました。
曰く、
立ちションのわれより背高アワダチソウ
この際
「か、なんや。ヒッドイなあ!」
などと言うのは、野暮ですぜ。
すてぱん