門田隆将(りゅうしょう)著。(『甲子園への遺言』ーNHKドラマ『フルスイング』の原作者)

台湾の南「バシー海峡」では戦争中、二万人の人が亡くなっている。
昭和19年には、フィリピンから台湾に向かう船の殆どが攻撃を受け、船に乗ることが既に命懸けだった。
台湾の浜辺や岩礁には来る日も来る日も遺体がいくつも打ち寄せられた。
この本には、ある二人のことが書かれている。
沈没させられながらも奇跡的に生き残った人と亡くなったある人と。

 

生き残った方は戦後私財を投じて、岬に位牌を安置するお寺を建てられた。(潮音寺)
台湾では戦後、「外国人には海岸線より500メートル以内の土地は売らない」という法律ができ、曲折もあるのだが。

 

もう一人、亡くなった方の話はやなせたかしさんの弟、千尋(ちひろ)さん。
アンパンマンのやさしい性格とか、丸顔のキャラクターは、弟さんへの想いがあると(門田氏は)みる。
一言付け加えさせてもらうなら、アンパンマンの原作ではアニメほど顔をとっかえひっかえしない。
お腹が空いている子供に自分の頭をちぎって分け与えた後、何ページもそのままの姿でいる。
その辺のグロテスクさが当初はアニメ化への抵抗となっていたのだが、これも曲折あって日の目を見ることができた。
食べ物を分け与える、というところに戦中戦後を生きたやなせ氏の想いがあると(門田氏は)みる。

ちなみに「たかし」氏の本名は崇と書く。
兄は山の高さ、弟は海の広さを名されている。
弟さんは二十一か二で亡くなっている。

 

参り来し今は異国の位牌群

 

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おたよりありがとうございます。

 

揚之水              揚(あが)れる水は
不流束薪            束ねし薪(たきぎ)をも流さず
彼其之子            彼(か)の其の子は
不與我戌申            我れと与(とも)に申(しん)を戌(まも)らず
懐哉懐哉            懐(おも)う哉(かな) 懐う哉
曷月予還歸哉          曷(いつ)の月か予(わ)れ還(かえ)り帰らん哉

 

たばしる水のくせに
薪のたばさえも流さない
(そんなばかげた世の中で)
あの連中は
おれと一緒に申の国の守備にもかりだされずにいる
なつかしや なつかしや
いつになったらおれは帰れるのだ

― (『詩経国風』  「王風」) ―

 

 

 

今から2800年も昔の中国の詩です。
その時代、すでに男たちは戦さへと駆り出され、故郷を離れた兵士は嘆いています。

そんな嘆きにもかかわらず、それから今日に至るまで、この世から戦さの絶えた日とてないのは、ヒトという動物の愚かしさの証しなのでしょう。
けれどもそんな中、この国が、かりにもこの70年間、戦さに巻き込まれぬ国であり続けたのは、先の大戦で私たちの父母や祖父母たちが味わった戦さの現実があまりにも過酷だったからでしょう。
ふるさとへ、還り帰ることのできなかったはらからへの思いは、あるいは潮音寺になり、あるいはアンパンマンになりました。

しかし一方、そのような表現手段を持たなかった人々の中にも、形にならぬゆえに、なおさら消えぬ無意識の、戦争への忌避の思いがありつづけたに違いありません。
この国に、軍隊を持たぬという、世にもまれな、ほとんど夢の物語のような憲法を70年間守らせてきたものはこの国の人々が心深くいだきつづけてきた声にならぬそんな思いだったに違いありません。

ところで、先日の首相の談話や終戦の日の彼の言葉を聞ていtたとき、私は思わず

巧言令色鮮(すくな)し仁。

という論語の言葉を思い出していました。

それは、彼がほんとうに自分の子供たちに「お詫び」をさせ続けさせたくないと考えているなら、そのためにこそ自分が心から詫びねばならぬという、普通の親なら当然いだく、そんな覚悟もない男の言葉でした。
彼は、自分がおわびをしたくないことのダシに子孫という語を使ったにすぎませんでした。
あれは卑怯者の言葉でした。

♫ 愛と勇気だけが友だちだ!

そう歌うアンパンマンは困っている人を救うためにさし出すのは自分の「顔」です。
たぶん、それが腕でも足でもなく「顔」であることが、まさに「勇気」であるという意味を、彼はけっして理解しないでしょう。
なぜなら、彼のやっていることの本質は自分の「顔」を守るために他のすべてを犠牲にしていることなのですから。

贅言ながら、

巧言令色鮮し仁。

について、講談社学術文庫版の『論語』において加地伸行氏は以下のような訳を付けております。

ことば巧みに飾りたてたり、外見を善人らしく装うのは(実は自分のためというのが本心であり)、《仁》すなわち他者を愛する気持ちは少ない。

 

 

 

すてぱん