四十(よそぢ)にもあまりぬる人の、色めきたる方、おのづから忍びてあらんはいかがはせん、言(こと)にうち出でて、男・女のこと、人の上をも言ひたはぶるるこそ、にげなく、見苦しけれ。

おほかた、聞きにくく見苦しき事。
老人(おいびと)の若き人に交はりて、興あらんと物言ひたる。
数ならぬ身にて、世の覚えある人を、隔てなきさまに言ひたる。
貧しき所に、酒宴好み、客人(まれびと)に饗応(あるじ)せんときらめきたる。

 

四十を過ぎたような人に、女とのかかわりがたまたま成り行きで生じたとしても、それが人目に隠れたものであるなら、まあ、それをとやかく言おうとは思わないが、そのことをことさらに口に出し、あげくは男女の間のあからさまな情事や、他の人のそのような事にまでおもしろがって話を言い及ぼすのは、年がいもなく、見苦しいものだ。

これに限らず、総じて、聞きたくもなくし、見たくもないこと。と言えば、
年寄りが、若い人たちにまじって、彼らの気に入られようと物を言っているの。とか、
物の数にも入らぬような身でありながら、世間での評価が高い人のことを、まるで親しい仲のように話しているの。とか、
家が貧乏なくせに、酒宴を好んで、客に、身のほど知らずのさかんなもてなしをしているの。とか。

 

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兼好が不快に思うものを一言でいえば、身の程知らず、ということでしょう。
これはたぶん「徒然草」の中で一貫している。

しかし、考えてみれば、たいがいの人は誰かの「身の程知らず」を嫌うものでしょう。
問題は何をその人の「身の程」と思うかということです。

今の政権の中枢やその周囲にある人などは、安保法案に反対する人たちや沖縄の人たちを「身のほど知らず」と思っておるんでしょうな。
自分たちは絶対多数を国会で持っているのに、なんだよ、こいつら、と思っている。
だから「早く質問しろよ!」なんて野次を飛ばす。
「法的安定性は関係ない!」なんてイバってみせる。
たぶん、彼らは「たかが学生のくせに」「たかがマスコミのくせに」「たかが学者のくせに」と思っている。
もっと言うなら「たかが一般国民のくせに」と思っている。
しかし、そう思っている奴らの、なんとまあ、身の程知らずあることか!
力あることや数を頼んで意気がる者は、昔、愚連隊、と呼ばれたもんですが。

とまあ、話は脇にそれましたが、ここで兼好が挙げている例、どれも、まったくその通りだと思う次第ですが、最後の
貧しき所に、酒宴好み
というのは、実は私の事かと、冷や汗が出た次第でした。
しかし、考えてみれば、私、べつに、きらめくほどのもてなしは、したことがないのでした。