――啼け!
――よろしい、私は啼く。

そして、啼きながら私は飛んでゐた。飛びながら私は歌ってゐた。

――ああ、ああ、ああ、ああ、
――ああ、ああ、ああ、ああ、

 

― 三好達治 「鴉」 ―

 

 

 

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去年の11月の事でした。
私はふしぎなカラスに出会いました。
ふしぎというのは、地面に下り立っているカラスというのは、私のような成人男子の姿を見ると、たいがいすぐに地上を飛び立って近くの電線か何かに止まるものなのですが、そのカラスは逃げなかったからです。
そのカラスはたまたま私が通りかかった団地の入口の車止めの石の上に止まって私の方をじっと見ているのです。
おや、かわいい。
そう思って私は近づいてみました。
すると、そのカラスは、車止めの石を跳び下りて、ぴょんぴょんと足を揃えて二歩ばかりアスファルトの上を跳ねて遠ざかると、振り返って不安そうにこちらを見るのです。
なんだかずいぶん小さいカラスです。
仔ガラスなのかしら。
しかし、カラスの子育ての季節は初夏のはずです。
私はまた近づきました。
と、カラスはまたぴょんぴょん遠ざかります。
そうしてたえず5メートほどの距離をとって、こちらを振り返るのです。
どうやら、このカラス、飛ばない、のではなく、飛べないらしいのです。
よく見ると、カラスなら本来長く伸びているはずの尾羽がありません。
だから、小さく見えたのです。
大丈夫かしら。
そう思って、私がさらに近づくと、カラスはパッと跳びあがり(けっして飛んだのではありません)止めてあった自転車のサドルに乗り、それからそばにあった松の木の私の背丈ほどの枝へと跳び移りました。
捕まえて帰ろうかと思いましたが、どう考えても、あの大きなくちばしでつつかれるのは必定です。
それはコワイ。
それに仮に私が捕まえて家に連れて帰っても、家にはヤギコがいます。
あいつは鳥を見ると異常に興奮してしまいます。
また、カラスは住民たちに迷惑がられているから、谷津の野鳥センターに知らせても殺処分されてしまいそうです。
私は何もせずにそのまま帰って来ました。

翌朝、私は気になって、その団地に行ってみました。
けれども、そのカラスの姿はありませんでした。
それから何度か私はその団地の横の道を通る機会があったのですが、気を付けて探してみてもそのカラスを見かける事はありませんでした。
ああ、やっぱり猫に襲われてしまったのかもしれない。
なんだか悲しい気分でそう思っていました。
なにしろ、その団地には、こんな大きな親分猫がいるのですから。

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ところが、大晦日の日、あのときと同じ団地の同じ車止めにあのカラスがいるではありませんか!
わーい!
私、急いで部屋に戻り、猫エサをふくろに一つかみ入れて、その場所に戻りました。
けれども、どこに行ったのか見当たりません。
あいつ、飛べないのにふしぎなことです。
私、夢を見てたのでしょうか。

でもね、元日の昼間、出かけてみたら、・・・・そのカラスは芝の上にいました。
で、私が近づいて、猫エサを投げてやるると、驚いてぱっと後じさりしましたが、私が後ろに下がると、それはそれは猛烈な速さで、餌をついばむのです。
飢えてたんですな。

今日は、松の枝の葉蔭に隠れていました。
どうやらそこがあいつの寝床なのかも知れません。
今日も猛烈な勢いで猫エサを食べていました。

今年、雪なんか降らなければいいのですが。

ちなみに、今日は三好達治の詩を引用しましたが、実は、私、まだこのカラスは啼き声を聞いたことがありません。
だって、うかつに啼いたりしたら、猫に襲われたり、人に捕まったりしてしまいますものね。