いづことしなく
しいいとせみの啼きけり
はや蝉頃となりしか

 

― 室生犀星 「蝉頃」 ―

 

早起きである。
午前四時、世の中が明るくなるかならないかに目が覚めるのは、若い頃私が八年間も新聞配達をしていた功徳、ではむろんない。
要は、老化ですな。
トイレが近くて目が覚めるのである。
先日試験勉強にやって来ていたジュリ君が、時間に遅れて来て、
「あーあ、早起きするつもりだったのに、12時間も寝ちゃったぁ」
なんて話をしておりましたが、羨ましいですな。

いのち短し 眠れよ乙女

でございます。
恋のみならず、若い頃にしかできないことは多々あるものでございます。

というわけで、顔を洗って新聞を読むわけですが、まあ、相変わらずろくでもない話が多い。

阪神は久しぶりに勝ったらしいが、南シナ海の中国の話は、なにやら戦前の日本のようだし、都知事選では自民党が、都議団・区議団などに
「▼党公認・推薦以外の者を応援してはならない。
▼各級議員(親族含む)が非推薦の候補を応援した場合は除名等処分の対象になる」
なんて文書を出したそうだし・・・。

私、別に増田氏という方が都知事にふさわしくないなんて全然思わないけれど――すくなくともあの顔には、私の見るところ、小池なんとかさんよりはずっと「まっとうな人」であると書いてあります―― (親族含む) とはいったい何のことですかねえ。

そういえば、漢文を読んでいると、ときどき「族せらる」なんて言葉が出てきます。
これは、一人の罪を、父母・妻子、あげくはオジ・オバ、イトコ・ハトコに至るまで及ぼして殺してしまう刑罰です。
「一族皆殺し」ってやつですな。
ヒドイもんです。
ヒドイもんですが、「個人」というものが確立していない社会では、こういうことが行なわれたし、今も形を変えて行なわれるってことでしょう。
なるほど、自民党の憲法草案から、今の憲法にある
「すべて国民は、個人として尊重される」
という条文から《個人として》という文言が消えるのも、むべなるかな、です。
まあ、ヒドイもんです。

というわけで何を見てもくさくさする世の中、新聞を読んでいて、唯一ほっとするのは、朝日に連載されている漱石の「猫」。今日は苦沙弥先生が、煙草をふかしながら女房の頭に禿を発見するくだりで、まことに天下泰平。
こころが平和になる。

と思って私も煙草をふかしていると、朝のパトロールから戻って来たヤギコが、何やら、私の足もとで、クチャクチャ、カリカリと音を立てている。
なんだろうと、見れば、セミである。
ミンミンゼミ。

私、まだ、この夏、セミの声を聞いていないのに・・・。
まさか、鳴き声より先に、その齧られる音で今年の「蝉頃」を知ろうとは夢にも思わなかった。

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