朕は、国民と共に、全力をあげ、相携へて、この憲法を正しく運用し、節度と責任を重んじ、自由と平和を愛する国家を建設するように努めたいと思ふ。
―貴族院本会議場において下された勅語(日本国憲法が公布された昭和21年(1946)11月3日)―
(写真は国立公文書館の公式アカウントから)
昨日の文化の日、文化勲章受章者の左端に、おかっぱ頭の赤い髪をした草間弥生さんがちょこんと座っているのが、なんともかわいらしかった。
なんだか、岸田劉生の「麗子像」みたいだなあ、と思って見ていた。
あの人の絵、何度か実物を見たことがある。
ともかくともかく、ひたすらひたすら、水玉が描いてあるのである。
初めて見た時
なんなんだこれは!
と、思った。
じっと見ていると、だんだん頭がクラクラしてくる。
コマッタ絵である。
この人の描く絵、みんなそうなのである。
そんなコマッタ絵を、ひたすらひたすら、この人は描いてきたのである。
要はコマッタ人なのである。
この人の絵、見ている方の頭もクラクラしてくるが、そんな絵を描いている人の頭の中も、たぶん相当クラクラしているはずなのである。
そのクラクラした頭をかかえ、それで87年間も生きてこられたのは、それを彼女が絵という形で外に吐き出してこられたからで、それでもやはり、本人は、さぞさぞたいへんだったろうと思う。
でも、よかったね、と思う。
なにしろ、昨日の彼女はかわいらしい!
それはさて、そんな文化の日は、日本国憲法が公布された日である。
1948年施行された祝日法の審議の中で
戦争放棄を宣言した重大な日であることから、自由と平和を愛し、文化を進める日
と決めようと説明された日である。
さて、この文化の日、旧憲法下では、明治天皇の誕生日であることから『天長節』という名の祝日であった。
それをもとに、この日を「明治の日」という祝日にしようなどという団体があるんだそうである。
まったくまあ、何を考えているのか。
その集会で、あの稲田朋美という防衛大臣はこんなふうに語ったという。
「神武天皇の偉業に立ち戻り、日本のよき伝統を守りながら改革を進めるのが明治維新の精神だった。その精神を取り戻すべく、心を一つに頑張りたい」
うーん。
なんなんですかね、これ。
《神武天皇の偉業》って、いったい、この人何を言うておるんでしょうか。
《そこに立ち戻り》って、何を指してるんでしょうかねえ。
こう演説してそれが通じる人がおるというのも不思議ですが。
彼らは、事実よりも言葉の勢いやら気分やらに同調しているのであろう。
それはさて、稲田氏たちは、「古事記」や「日本書紀」を読んだことがあるんでしょうか。
私は「古事記」しか読んだことはないが、読んでいれば、神武天皇のやったことを《偉業》だなんて、とても言えたものではないはずなんですがねえ。
どっちかというと、その「東征」の様子は、みすぼらしく、どんくさい。
奇しくも、今日は三笠宮様の斂葬の儀。
この方、2月11日の紀元節の復活に対して、神武天皇の即位は神話であり史実ではないとして強く批判した方であった。
事実を、自分の思い込みや気分からではなく、あらゆる方位から見るという修練ができていない人が防衛大臣であることに、ほんとうに危うさを感じる。
そもそも、この人には事実を直視するということすらできていない。
引用した勅語には《節度と責任》という言葉がある。
芸術家は知らず、政治家たる者、これを持たないならば、その資質に大いなる疑義があると言わねばならない