みちのくの しのぶもぢずり たれ故に

 

           乱れそめにし われならなくに

 

 

               河原左大臣

 

河原左大臣(かはらのさだいじん)。

源融(みなもとのとおる)が本名。
「源」という姓は、天皇の子どもで臣籍に下りた者に与えられる姓です。
この人は嵯峨天皇の息子でした。

「左大臣」というのは、太政大臣より下、右大臣より上。
(日本の官職では「左」の方が「右」よりエライのです)
太政大臣というのは常設の官ではないので、普通は、左大臣が「総理大臣」みたいなものですが、この時は太政大臣に藤原基経(高子の兄)がいたので、政権No.2です。
その左大臣の源融が造った豪壮な邸宅が「河原の院」という名前だったので、「河原左大臣」と呼ばれていました。

 

さて、歌の方ですが、これはもう、こないだの試験に出た「伊勢物語」初段の中に引用されていたので、解説は不要かと思いますが、一応、念のために書いておきます。

 

「みちのくの しのぶもぢずり」は東北の信夫郡(福島県)で作られた染物らしい。

「おくのほそ道」の旅で、芭蕉さんが

あくれば、しのぶもぢ摺りの石を尋て、忍ぶのさとに行

と書いておりますので、この染物、石を使って染めたらしい。 ちなみに、芭蕉が見たその石は、半分土に埋まっていたそうです。

そこで作った俳句も、ついでに載せておくと、

早苗(さなえ)とる手もとや昔しのぶ摺(ずり)

(早乙女たちの田植えの手つきを見ていると、昔このあたりでしのぶ摺りを染めた手つきも、ああだったのだろうか、あんな娘さんたちが染めたのだろか、と、自分の知らない遠い昔のことが忍ばれることだ)

 

まあ、それはさておき、その染物の模様は乱れ模様だったらしい。

というわけで、「みちのくの しのぶもぢずり」は一句飛んで「乱れ」にかかる序詞になります。

 

「たれ故に」は「誰のせいで」。

 

「乱れそめにし」の「そめ」は「染め」と「初め」の掛詞です。

「にし」の「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「し」は過去の助動詞「き」の連体形。

 

というわけで、「たれ故に 乱れそめにし われ」は

誰のせいで、心が、こんなにも乱れはじめ、こんなにも乱れ模様に染まってしまった私

ってことですな。

 

われならなくに」。
実は私、高校の初めの頃まで、これを「私だったら泣くのに」という意味だろう思っておりました。
でも、本当は「私ではないのに!」ということです。

 

よって、歌全体としては

 

みちのくのしのぶもぢずりの、その染め模様のように、私が、こんなにも心が乱れはじめてしまったのは、いったい誰のせいだというのです? 誰のせいでもありません、みんな、あなたのせいなのですよ。 (それなのに、あなたは、私がほかの誰かのことを思っているとおっしゃるのですね)

 

わざわざその場所を見に寄ったくらいだから、芭蕉さんもこの歌を愛唱していたに違いありません。

たしかに、口にすると、すらすらと次の言葉が出てくような、気持ちのよい歌ですもの。

 

そんな歌をわざわざへたくそな歌に変えるのは気がひけますが、ここまでやってきたので、続けることにしましょう。

 

もぢ摺りの 乱れ模様に ぼくの胸 

         乱した人は あなたなんです