名にし負はば 逢坂山の さねかづら

 

                人に知られで くるよしもがな

 

                            三条右大臣

 

 

三条右大臣(さんじょうのうだいじん)。

藤原定方(ふじわらのさだかた)。
三条に邸があったから三条右大臣と呼ばれています。
前の歌を書いた菅原道真から20年以上あとに右大臣になった人です。

 

さて、歌。

 

この歌の中で言葉として是非頭に入れておいてもらいたいのは末尾にある

「もがな」。

実は似たような兄弟がいる。

「もが」・「もがな」・「もがも」

願望を表す終助詞・三兄弟です。

どいつもこいつも、

「・・・であればなあ」  とか 「・・・があればなあ」

という意味です。

この三兄弟には
「もがもな」・「もがもや」・「もがもよ」
などという従兄弟もいるが、意味はともかく、
「・・・だったらなあ」
です。

というわけで、
「猫もが」
と言えば、
《猫がいたらなあ》
ですし、
恋人がほしいときには
「恋人もが」
と言えばいい。
(などという解説は「あらずもがな」=《ない方がよかった》、ですかね)

 

さて、この三条右大臣は何を「もがな」と言っているかといえば、
人に知られで くるよし
です。
よし」は漢字で書けば「」。
大事な意味がたくさんあるけれど、ここでの意味は
手段・方法・てだて
です。

ですから、
人に知られないで、来る(あなたのところへ行く)方法があればなあ
と言っているわけです。

では、上の三句は何か、と言うと、実はこれは「くる」を導き出す序詞なのです。

 

「名にし負はば」。
名に負ふ」というのは、
その名前の通りの内容をもつ
ということで、「」は強意の副助詞です。
もしその名の通りならば
ということですね。

この言葉の入った歌は、一年生の時習った伊勢物語の東下りの段に出てきました。

 

名にし負はば いざ言問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと

 

(名前の通りならば、さあ尋ねよう、都鳥よ。 都に住む私の愛している人は元気でいるかどうかと)

 

この歌では「都鳥」という「都」という名を持つ鳥が「名にし負ふ」ものであるならばということでしたが、三条右大臣・定方さんの方は「逢坂山の さねかづら」が名前の通りならば、と言っているわけです。

 

「逢坂山の さねかづら」は「逢坂山に生えているさねかづら」ということですから、一見、何も「名に負ふ」ことなんてなさそうです。
でも、「逢坂山」は「逢坂の関」がある山ですから「逢坂山」と来れば、おっと、これは男女が「逢ふ」んだな、ってことは、あなただって、もう想像がつく。

 

となれば問題は「さねかづら」ですな。
辞書を引くと、これは、つる草の名前です、と書いてある。
茎から取れる粘液で、糊や髪油にした草だそうです。
それが、なんで「名にし負ふ」ことになるのか、というと、辞書の「さねかづら」の少し前に「さね」という言葉が載っている。
辞書をそのまま写すと、

 

さね 【さ寝】(名) [「さ」は接頭語] 男女が共寝すること。

 

とある。
うーん。

つまり「逢坂山のさねかづら」は
「男女が逢い、共に寝る」
という名前を持っているじゃないか、と定方右大臣さんは言っているわけです。

 

じゃあ、これがなんで「くる」という言葉を引き出す序詞になるか、といえば、「かづら=つる草」というものは、茎がやたら長く伸びていて、引っ張るとき手繰り寄せなければなりません。
だから、
「かづらをたぐる」⇒「くる=繰る」⇒「来る」
となるわけです。
というわけで「くる」は「繰る」と「来る」の掛詞なんです。

 

というわけで、いやはや、ずいぶん技巧をこらした歌ですが、意味を書いてみれば

 

逢坂山のさねかづらよ。
おまえは、《恋人に逢って、一緒に寝る》という名前を持っているではないか。
そうであるなら、力を貸してくれ。
おまえをしずかにたぐり寄せるように、人知れず恋人のもとに行く方法があればいいのにと思っている私なのだ。

 

とまあ、こんな感じでしょうか。 解説書によると、この歌は「後選集」に

 

女のもとにつかはしける  三条右大臣

 

という詞書とともに載せられているらしい。
ですが、私、ほんとかなあ、と思うんですよ。

 

だって、この歌、技巧はあるけど、実(じつ)がない、って気がしません?
こんな歌、女のもとにおくらないでしょ。
おくられても、女の方はよろこばない。

それよりむしろですね、おじさんばっかりの集まりの席でですね、定方さん、
「いやあ、この前、女のところにこんな歌をおくったんだけどね」
とか言いながら、披露しただけなんじゃないかなあ。
すると、周りのすこしエッチなおじさんたちも
「おーっと、そうか《逢坂山のさねかづら》かあ。
そいつは、気が付かなかったなあ、一本取られたよ」
てな感じで盛り上がった、というような、そんな歌である気がします。
(もちろん、これはあくまで私の感想であって、何の裏付けもないことですよ)

 

いい名だな 逢坂山の さねかづら

 

  こっそり逢いに 行けたらいいな