浅茅生(あさぢふ)の 小野の篠原 忍ぶれど
あまりてなどか 人の恋しき
参議等
参議等(さんぎ・ひとし)。
源等。 嵯峨天皇の曾孫だそうです。
こういうのを「嵯峨源氏」といいます。
ちなみに源頼朝は清和天皇の子孫なので「清和源氏」です。
参議は左右大臣・大納言・中納言とともに公卿もしくは上達部と呼ばれる政権中枢の役職でしたね。
(「公卿」・「上達部」ちゃんと読めますよね)
さて、歌。
もう慣れてきたから、だいたい見えていると思いますが、 「浅茅生の 小野の篠原」 は 「忍ぶ」を引き出すための序詞です。
その「浅茅生の」は「小野」にかかる枕詞。
一応書いておけば、「浅茅生」は丈の低い茅(ちがや)が生えている所、ということです。
「小野」は野原。
「篠原」の「篠」は細い竹のことです。
「忍ぶれど」は「胸の内に秘め隠してきた思いだけれど」。
「あまりて」は「その思いが多すぎて」、つまりは「忍ぶことができず」。
「などか」…「なぜ」「どうして」。
「人の恋しき」…「あなたが恋しいのだろう」。
というわけで、歌全体としては、
あなたへの思いを胸に秘め、胸に隠してきたけれど
どうしたことだろう
もうそれさへできなくなってしまった。
なぜ、こんなにもあなたが恋しいのだろう。
(それは、まるで、丈の低い茅(ちがや)が生えているただの小野のふりをしていたのに、そこから、今まで隠れていた篠竹が丈高く生えてきてしまったようだ)。
この歌、前半の序詞から始まる
《浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど》
と、静かに抑えた感じの曲調が、
三句目の
《あまりてなどか》
で、急にフォルテに変わる感じがしますね。
その感じが、なかなかわるくありません。
チガヤ野に 伸びる篠竹 忍んでも
なぜ隠せない 君への思い