八重葎(やへむぐら) しげれる宿の さびしきに

 

    人こそ見えね 秋は来にけり

 

         恵慶法師

 

 

恵慶法師(ゑぎやうほうし)。
どんな人か、よくわからない。

 

 

この歌の詞書には

 

河原院にて、荒れたる宿に秋来る、といふこころを人々よみ侍りけるに。

 

とあるそうです。

(そうそう、忘れていましたが、37番「しらつゆに」の歌あたりから、もう古今集に載っている歌はなくなったので、私、歌集には当たっていません。
時代はすでに古今集以降の人に移って来ているわけです)

 

「河原院」というのは、あの

みちのくの しのぶもぢずり たれゆえに

の作者、左大臣源融のお邸のことです。
あの人、百人一首では「河原左大臣」という名で載っていましたでしょ。

 

彼が亡くなってから、百年近い歳月がたった。
主なき住居は荒れます。
私の金沢の小さな家だって、帰るたびに庭がたいへんなことになっている。
ましてや、大きなお邸。
広大な庭がある。
庭だけでなく、建物だって傷みます。

そんな宿に秋が来たことを詠んだ歌です。

 

「八重葎しげれる宿」。

葎(むぐら)は蔓性の植物ですが、まあ、雑草だと思えばいい。
「八重葎」というのですから、そんな雑草が夏の間に、折り重なるように生い茂ってしまっている。
そんなお邸。
もちろんさびしい。

そんな庭に
「人こそ見えね 秋は来にけり」
です。

 

「人こそ見えね」。
「こそ」という係助詞がありますから、最後の「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形ですね。

《こそ…已然形》という形は、逆接の意味で下につながっていく、
という話は、「恋すてふ」の歌のところで書きましたから、覚えていますね。

ですから、ここは、

「人は見えないけれど」 つまり、 「人は訪ねて来ないけれど」 という意味になります。

 

「秋は来にけり」。
秋はやってきましたよ。

 

八重葎が生い茂るさびれた邸。 そんなところに、訪ねてくる人もいない。

でもね、そんなさびしい庭にも 秋はやさしく訪ねてきてくれたよ。

 

どう言ったらいいかなあ、この歌、とても澄んでいる気がする。
今、訳を書くとき、思わず、「やさしく」なんて言葉を入れてしまったのだけれど、この歌を詠んだ恵慶さんの目はやさしいんだと思う。

たとえば、芭蕉の「平泉」を中学校で習ったとき、君たちはノートに、まとめとして

 自然の悠久に比べた時の、人間の営為のはかなさ

なんてことを書かされた。
たしかに、年ふり朽ちた建物や、廃墟を目にした時、人はそれを感じる。
あるいは、もっと強く「無常」という言葉でそれを嘆いたりもする。

では、この歌もそうなのか、というと、なんだか違う気がする。
「八重葎しげれる宿の」さびしさなんてものは、ごく当たり前のことだとそのまま受け入れて、なおかつ、そんな庭にも訪れてくれる秋をよろこんでいる歌のように思える。

さすが、この人、お坊さんだけあって、この世が無常だ、なんてことは、とおのむかしに突き抜けてしまった場所にいて、この歌を歌っているように思う。

 

実は、私、この歌、かなり好きです。
まあ、これ、年寄りにならないとわからないかもしれない。

 

 

八重葎 しげるさびしい お邸に

          人は来ないが 秋は来てるよ