もろともに あはれと思へ 山桜

 

   花よりほかに 知る人もなし

 

      大僧正行尊

 

大僧正行尊(だいそうじやう・ぎやうそん)。
「大僧正」というくらいですから、えらいお坊さんです。
十二歳で出家し、山伏修験の行者として知られた人らしい。
いろいろな病気を、まじないで直した霊験あらたかなお坊さんであったらしい。

 

ところで、年譜を見ると(1055 ― 1135)とあるから、年代順に人が並べられてた百人一首では、この人はもうちょっと後に出て来なければならないんだが・・・・。

 

詞書に曰く、

 

大峯(おほみね)にておもひもかけずさくらの花の咲きたりけるをみてよめる

 

(大峯山(奈良県の南部にある)で、思いがけず桜の花が咲いていたのを見て詠んだ)

 

ひとり、深山をめぐる修業中だったんですな。
で、山を登っていくと、麓ではもう散ってしまった桜が、思いがけず咲いていたことに、この人、
「ああ」
と感動した。
きっと、そう声にも出したにちがいない。
で、この人、その桜に呼びかけたんです。 そんな歌です。

 

歌は、

「もろともに」・・・ 一緒に。

という言葉以外、別にむずかしいことばもありませんね。

 

ああ、
こんな山深いところに、ひとり咲いていたんだね、山桜君!
そうだ!
君もぼくに 「ああ」 って言っておくれよ
だって、 君がここでこうして咲いていることを知っているのがぼくだけであるように、
ぼくがこの山の中でこうやってひとり修行している姿を知っているのは君だけなんだもの。

 

「あはれ」は今の「哀れ」というふうに見ては絶対にだめですよ。

これは、よきもの、心動かされるもの、を目にした時に思わず人の口からもれる嘆声が元になったことばですからね。
彼は、山の中に思いがけず咲いていたこの桜にほんとうに感動したんです。

きっと、行尊さんはニコニコしながら、この桜の木の幹を、ぽんぽんとたたいたと思うな。
人の背中をぽんぽんとたたくみたいにね。

このお坊さん、きっといい人だった。

 

花よ、さあ 「ああ、やってるな!」 て言っとくれ

 

   君しかぼくを 知らないんだもの