春の夜の 夢ばかりなる 手枕(たまくら)に

 

  かひなく立たむ 名こそ惜しけれ

 

 

             周防内侍

 

周防内侍(すほうのないし)。
周防守・平棟仲という人の娘だったという。

 

詞書に曰く、

 

二月(きさらぎ)ばかり月のあかき夜、二条院にて人々あまたゐあかして物語などし侍りけるに、内侍周防よりふして枕をがなとしのびやかにいふをききて、大納言忠家これを枕にとてかひなをみすの下よりさしいれて侍りければ、よみ侍りける

(二月頃の月が明るい夜、二条院に人々がたくさん集まって、夜を明かして物語などをしておりましたところ、内侍の周防が「枕があるといいのに」とそっとつぶやいたところ、これを聞いた大納言忠家が「これを枕になさいませ」と腕を御簾の下からさし入れましたので詠みました)

 

これを読むと、あなたにも
「かひなく立たむ」というのは「甲斐なく」と「腕(かひな)」の掛詞
だとわかりますね。

あとはちょっと解説が必要なことばは「春の夜の夢」くらいのものでしょうか。

あなた、このことばを読んで、あの平家物語の冒頭の文を思い出したら、あなたの「古典ガール度」も相当のものだと認定してあげます。

奢れる者も久しからず ただ春の夜の夢のごとし

というあれです。
つまり「春の夜の夢」というのは、はかないものの象徴でしたね。

春の夜のみじか夜に ありもしない夢を見るような
そんなはかない思いに気を許して
あなたの腕(かひな)を手枕にさせてもらったら、
私に、ありもしない、つまらない噂が立ってしまいますわ
お気持ちだけはありがたくいただいておきますけれど。

 

今で言うならセクハラまがいの男の誘いを、すばやくこんな機転が効いた歌で周防内侍はかわしたわけです。
もちろん、「人々あまたゐあかして」いたわけですから、その場にいた人たちは、この歌に大いに沸いたにちがいありません。

二月と言っても、旧暦ですからね、今の仲春。
それも月が明るい夜ですから、中旬ですね。
だから、今の四月のイメージでしょうか。

ちょっと心浮き立つ季節のそんな夜の出来事です。

春の夜の はかない夢の 手枕に

 

    甲斐ないうわさ 立てたくないの