淡路島 かよふ千鳥の なく声に

 

  幾夜寝ざめぬ 須磨の関守

 

         源兼昌

 

源兼昌(みなもとのかねまさ)。
肩書なしのこの人、生年も没年もわかっていない。

 

詞書は

 

関路千鳥といへることをよめる

 

そうですか、と言うしかない題辞ですね。
そのまま。

 

歌は、と見れば、これこそ何の説明もいらないはずだが、あなたのことだから、淡路島も知らない、須磨も知らない、千鳥も知らない、ってこともありそうだから書いておきます。

 

《淡路島》は大阪湾から瀬戸内に向かうところに控えている大きな島ですね。
あの「阪神・淡路大震災」が起きた場所ですから、神戸の対岸にあるところだと思えばいい。

「あはぢ」という名は、阿波踊りで有名な阿波(あは)国(徳島県)へ行く道すじにあるということから付いた名前でしょうね。

今は明石大橋で本州と大鳴門橋で四国とつながっています。

「古事記」の記事によれば、日本という国はイザナキ・イザナミという男女二神がオノゴロ島で結婚して、そのあとイザナミさんが次々とこの国土を生んだ(!)ということになっているのですが、その彼女が一番はじめに生んだのが、この淡路島ということになっている。
つまり、この島、いわば日本という国の長男なんですな。 ちなみに本州は一番最後に生まれたんですよ。
(「古事記」、めちゃくちゃおもしろいですから、現代語訳でもいいですから是非お読みなさい!)

 

《須磨》。
今の神戸市須磨区。
君が中学で習った「敦盛の最期」のあの戦いがあった、一の谷があるのもこの区内。

でもまあ、この歌が歌われた頃は、まだその戦いも起きてはいないので、この時代、「須磨」といえばまず思い出されるのが「源氏物語」ということになる。

 

須磨には、いとど心づくしの秋風に、海は少し遠けれど、行平の中納言の「関吹き越ゆる」といひけむ浦波、夜々はげにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかるところの秋なりけり。

 

というやつです。
源氏は海から遠いところに住んだらしいけれど、夜は波音が近く聞こえたというんですから、まあ海は近い。

ここに出てきた「行平の中納言」というのは、
まつとしきかば今帰り来む
と歌った、業平さんのお兄さんのことですね。
源氏に引用されている歌によれば、須磨には関所があった。

(現在、須磨区に住んでいる生徒の一人によると、ここにはちゃんと「関守」という町もあるそうですぜ。)

しかし、行平と須磨といえば、まず

 

わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶとこたへよ

 (たまたま、私のことを尋ねる人があったなら、あの男は須磨の浦で藻塩に潮水をたらしながら・・・涙にくれて、嘆きに沈んでいるとこたえてください)

 

という歌がまずあって、ここが都を離れたわびしい場所であるという思いが、王朝の人々にはあった。
源氏物語の「須磨」もその延長上にあるわけで、もちろん、この歌もそれを踏まえて詠まれているんですよ。

《千鳥》。
鳥の名前です。
海岸とか、川原とか、水辺に居る。
もちろん谷津干潟にもいる。
ちょこちょこ歩く小さな可愛い鳥です。
いわゆる「千鳥足」で歩く。

鳴き声も可愛い。
高く細い、ちょっと頼りなげでさびしげな声です。

万葉集の柿本人麻呂の歌に

 

近江の海 夕波千鳥 汝(な)が鳴けば 心もしのに 古(いにしへ)おもほゆ

 

という歌がありますが、あの声を聞くと、なるほどそうかと思われてくる。
人麻呂の歌は夕波に遊ぶ千鳥の声だが、夜の千鳥の声となると、北原白秋の童謡に「ちんちん千鳥」というのがある。

 

ちんちん千鳥の啼(な)く夜(よ)さは、
啼く夜さは、 硝子戸(がらすど)しめてもまだ寒い、
まだ寒い。

 

ちんちん千鳥の啼く声は、
啼く声は、
燈(あかり)を消してもまだ消えぬ、
まだ消えぬ。

 

ちんちん千鳥は親ないか、
親ないか、
夜風に吹かれて川の上、
川の上。

 

ちんちん千鳥よ、お寝(よ)らぬか、
お寝らぬか、
夜明(よあけ)の明星(みやうじやう)が早や白む、
早や白む。

 

歌詞もさびしそうだが、曲も、いかにもさびしい。
というわけで、千鳥は夜も鳴く。
一晩中鳴く。
白秋は「ちんちん千鳥は親ないか」と歌っていますが、「千鳥」というまさに「群れ鳥」という名を持つ鳥が、ただ一羽鳴く声は、本当にさびしそうです。

 

《幾夜寝ざめぬ》。

「寝ざむ」は下二段動詞ですから、未然形も連用形も同じです。
したがって、この「ぬ」打消の助動詞「ず」の連体形なのか、完了の助動詞「ぬ」の終止形なのか、語形的には区別がつかない。

したがって、意味的に考えていくしかないのですが、もし打消として「幾夜も寝ざめない」というと、これはなにやら人事不省におちいった人のようで、そんな人が《関守》をやっているはずがない。

したがって、ここは完了の助動詞「ぬ」と見るべきなんですが、しかし、これが終止形だとすると、あとに続く《須磨の関守》との関係がよくわからなくなる。

でもまあ、これを連体形にして「幾夜寝ざめぬる」という字余りにするは、たしかに、間延びしていて、イタダケナイなあ、という気になる。
軽く切れ、軽く問いかける、といった感じでしょうかねえ。

 

《関守》。

関の番人のことですな。

 

 

夜の帳(とばり)がこの関をつつみ
今は淡路の島影もすっかり闇に沈んだ
ピーィ、ピーィ
ああ
、千鳥か
おまえはまた
淡路の島から友を求めて通ってきたのか
ピーィ、ピーィ
まるで俺に呼びかけるように
ピーィ、ピーィ
今夜もさびしげに鳴くおまえの声

俺は幾夜おまえの声に寝ざめたことだろう
都を遠く離れ
今夜もまた
俺はひとり闇に眼をみひらいたまま朝を迎えるのだ

 

どこにも須磨の関守ということばが出てこない訳になってしまいましたなあ。
ほんとは「逢いたい人にも淡路島」とか、「スマホを持たぬ須磨の関守」といった、現代風掛詞を駆使しようかとも思ったのですが。

「スマホの須磨」はともかくとして、「淡路」に「逢はじ」ということばがかかっているという指摘がどの本にもないのはどうしたことだろう。
なんだか不思議な気がする。

それで、これらを使ってむりやり反歌をでっちあげると、こうなる
眠れぬは スマホを持たぬ 関守よ

   逢ひたい人に あはじと言われ

 

うーん。

だめだね、これは。

というわけで、下のような歌にしてみたのですが、本歌はともかく、こっちの歌の方の「淡路島」には「逢はじ」という意味も入っていると思って読んでくださいませ。

 

眠られぬ 夜を過ごせば 須磨の関

 

  淡路の島の 千鳥来て鳴く