ヤギコが死んで一週間がたった。
朝、彼女の鳴き声に起こされぬこと以外、わたしの暮らしの何が変わったわけではない。
世にいう《ペットロス》などということも、どうやら私には無縁のようだ。

そもそも、彼女がペットだったのかどうか。
思えば、私は、彼女を「猫かわいがり」したことなどなかったのだ。
彼女は、いつのまにか勝手にやってきた同居者だった。

とはいえ、写真があるのはこまりものだ。
目にすれば、心が動く。
動いて、涙が出てきたりする。

世のバカバカしい出来事、言いたいことはたくさんあるが、それは書かないことにして、しばらく、昔の彼女の写真を載せようかと思う。
何の思いもない。
ただ、私の心の慰みのためである。